2022年08月29日
エンジンブロー
お客様のエンジンが筑波サーキット走行中にブローアップ。私もその場所に居合わせており、急遽バイクを持ち帰り修理となりました。パッと見てオイル受けのカウルに冷却水が溜まっていて、ふとエンジンの下から上を見上げると前側気筒のシリンダーが割れている、、、。出場予定の筑波TTのレースまで約2週間ちょっと。果たしてエンジンの中はいかなる状態になっているのでしょうか?
エンジンを降ろしてスタンドに載せ、まずはベルトカバーを外すとこんな状態です。前側気筒のカムシャフトがロックして回らなくなったようで、タイミングシャフト周辺のベルトの山が無くなってしまっています。カムプーリーの上にベルトの破片が乗っかっています。
状況が判明したところでどのような方向性でレースに間に合わせるのかを検討したところ、部品取りのエンジン部品を使用してこのエンジンを修理することになりました。この時代のドゥカティエンジンの凄いところはこんな壊れ方をしても結構使える部分が多いということです。自分はそれが当たり前だと認識しているのですが、他メーカーのエンジンの事情を聞くとどうもそうでも無いようで、こんな壊れ方をしたらエンジンは全損で何も使えないのが普通らしいです。
で、概要ですがクランクは計測したところ特に問題無いので再使用。前側気筒のコンロッドは流石に曲がりがあるので中古品に交換。壊れたピストンとシリンダーは中古品に交換。前側気筒のシリンダヘッドは丸ごと中古品に交換。そんな感じで作業しました。
つつがなく作業は終了して、先程シャシダイに載せて10分間ほど検査試運転を行い不安要素も払拭しました。あとはこのエンジンにレースで頑張ってもらうだけです。
Posted by cpiblog00738 at
17:38
2022年08月26日
1098Rエンジン修理オーバーホール その3
さて、今回のトラブルが発生した原因についての考察です。いろいろと検証した結果、原因は去年のレースにおける転倒でクラッチカバーを路面に強打したことでした。その時の転倒はレースのスタート時にスタートの失敗で後ろにひっくり返ったというかなりスペクタクルなものでした。その時にエンジン右側のカバーを路面に強打し、その衝撃でクランクケースに取り付けてあるカバーの位置がずれてしまったのです。
このエンジン右側カバーの位置決めはドウェルピン1個とクランクシャフト右端のブッシュの2ヶ所です。画像は取り付けられていたドウェルピンですが明らかに大きく変形しています。かなりの衝撃でカバーの取り付け位置がずれてしまった様子が窺えます。もう片方の位置決めであるクランクシャフト右端もブッシュにかなりの力で押し付けられたままの状態になっていたと想像できます。しかしこれだけカバーの位置がずれても接合面からのオイル漏れは皆無でした。Threebond 1215は優秀です。
その状態のまま乗り続けた結果、ブッシュがこのような状態になってオイルシールを突き破ってハウジングから飛び出してしまい、今回の結果となったということです。今迄転倒でクラッチカバーが路面にこすって傷が付くことは多々ありましたが、このような問題が起ったことはありませんでした。しかしよく考えると今回はクラッチカバーにかかった力の大きさと方向が今までと異なったということですね。経験値がまた一つ増えました。
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08:04
2022年08月25日
1098Rエンジン修理オーバーホール その2
さて、懸念のクランクピンの状態です。1本のクランクピンに2本のコンロッドが並んで取り付けられているわけですが、画像の左側がトラブルが発生した側、右側が無事だった側です。タラブルが発生した側は無事だった方と比較すると明らかにトラブル発生の痕跡が認められます。磨く程度で何とかなるのでしょうか?
磨いてみたところ何とかなりました!目視で無事だった右側と見分けがつかない状態です。ピン径を計測しても寸法変化は認められません。ちなみに使用した研磨剤は一般に販売されている金属磨きのピカールですから、それでピンが減るようなことは考えにくいです。ピンに焼き付いた汚れが落ちたという感じでした。これでメタルの交換のみで対応できそうです。良かったです。
ちなみにこれだけの軽傷で済んだのはとにかく異常を感じた瞬間にエンジンを止めたからにほかなりません。あと1周の走行が致命傷になっていた可能性は非常に高いです。
以前実際にあったTFDのベテランのお客様の事例ですが、筑波の最終コーナーの立ち上がりで全開にしたら一瞬だけどエンジンブレーキがかかったような感触があったので即走行を中止し、エンジンを開けてくれ、とリクエストされたことがありました。エンジンを開けた結果、今回と全く同様な結果でクランクピンを磨いてメタルの交換をしたのみでエンジンが復活しました。
それとは逆に、走行中に違和感を感じたにもかかわらず、確認のためと称して次の走行枠に出走してエンジンに止めを刺した方もいらっしゃいます。
確かにエンジン損傷の復旧には高額な費用が必要になりますから、感じた違和感は気のせいでエンジンに問題は無いと信じたい気持ちは非常に良く判ります。実際にその違和感は気のせいであることもありますしそうでないこともあります。本当にトラブルが発生していればそのまま走らせるとエンジンに止めを刺すことになりますが、実際はただの気のせいだった場合は無駄な出費だったということになります。正しい判断は難しいです。
そう考えてみると何となくサーキット走行のリスク管理にも似ていますね。あそこでもう少し無理をすればタイムアップしそうと思える場合、それを実行して上手く行けばタイムアップ、上手く行かなければ転倒してバイクが壊れる。結局は自己責任ということになりますが、自分の場合は違和感を感じたら即走行中止です。走りの方は結構転ぶのでそうでは無いみたいですが。(笑)ちなみにどのようなものを違和感と感じるかというと、自分の場合は「いつもと違う何か」です。
ちなみにこれは同じく1098Rのクランクですが、エンジンがガラガラ音を発するまで走らせてしまったものです。画像の左側は正常、右側がトラブルが発生した方です。ピンの直径を計測するとトラブルが発生した側は部分的に0.09mm程度削れて小さくなってしまっていますから完全にNGです。0.09mmという値はとても小さいものと感じるかもしれませんが、本来のメタルクリアランスは0.05〜0.06mmですから、そう考えると理解していただけると思います。こうなってしまったらもう飾り物にするしかありません。もしくはゴミ箱行きです。何らかの方法で再生も可能な場合もあるでしょうが、サーキット走行やレースでの使用には全くお奨めできません。それをやって派手にブローして莫大な出費の追い打ちを食らった例を見たことがあります。自分的にはミュージアム展示してあるようなバイクでたまに観客の前でエンジン始動のデモンストレーションを行う程度であればそれもアリかなと思いますが。
Posted by cpiblog00738 at
07:50
2022年08月23日
1098Rエンジン修理オーバーホール その1
自分がレースで使用している996RS01の車体に1098Rのエンジンを載せた車両のお話です。今年のレースもこの車両を使用する予定でしたが、今年(2022年)のシーズンが始まった3月の筑波サーキット初走行時にエンジントラブルが発生し、それからしばらくの間放置状態になっていました。
その時の状況ですが、コースインして13周目の最終コーナーをスロットル全開で立ち上がったところ通常と異なる違和感のある振動を一瞬だけですがエンジンから感じました。しかしその後1コーナーに侵入しインフィールドを走行すると何の違和感もありません。その時は先程の症状は単なる気のせいかとも思いましたが、そのまま2ヘアをクリアして立ち上がりでスロットルを全開にしたところ、先程と全く同じ違和感を感じました。その時点で即走行を中止しピットイン。持ち帰ったバイクは仕事のスケジュール上触ることも出来ずそのまま保管状態となりました。
それから半年近く経過し、やっと仕事が落ち着いてきて時間が取れるようになったので、お盆休みを利用して原因究明と修理オーバーホールを行うこととなりました。
エンジンを降ろして分解しています。この時点まではクランクケースにクラック発生を疑っていました。エンジンから振動が発生した場合、そのパターンの頻度は非常に高いです。ところが点検してもそれらしいものは発見できません。こんな筈では、、、という感じなのですが。
そこで何気なく取り外したエンジン右側のクラッチカバーを見ると、おかしなことになっているのを発見しました。クランクシャフトの右端を支持しているメタルブッシュが手前に飛び出してきています。この場所はクランクシャフトへオイルを供給するオイルラインになっている肝心要の部分です。ブッシュの状態は欠損部分も有り、ボロボロです。画像は既にオイルシールを取り外した状態ですが、ブッシュがオイルシールを突き破って手前に飛び出していました。当然オイルシールも状態はボロボロです。クランクケース側のクランクシャフトを支持しているボールベアリングに問題が発生してクランクシャフトに振れが発生したのが原因ではないかと考え、各部を点検しました。しかし意外ですが特に問題はありません。
そこでとりあえずクランクケースを分解してクランクシャフトを取り出しました。クランクにコンロッドを組んだままの状態でコンロッドを動かしてみると縦方向、横方向共に過大なガタも無く違和感はありません。そこでコンロッドを取り外そうとコンロッドボルトを緩めると、片側のコンロッドの動きが悪くなりました。
コンロッドを取り外してみるとこのような状況になっていました。動きが悪くなった方(前側気筒)のメタルにトラブルが発生しています。コンロッドボルトが締まっている状態ではコンロッド大端部の締め付けによってメタルの内径は真円を保っていたのですが、ボルトを緩めてそのタガが外された瞬間にメタルが焼けた内側に反ってコンロッドの動きが悪くなったということです。
メタルを観察すると大きめの異物の混入がトラブルの原因ではないかと疑われます。異物は先述のクラッチカバーのブッシュもしくはオイルシールの破片でしょう。問題無いもう片方のコンロッドのメタルの状態は特に問題ありません。
こうなるとトラブルが発生した方のコンロッドが再使用可能かどうかが問題ですが、今回は問題無いと判断しました。経験上メタルがコンロッド大端の中で回転してしまうとコンロッド側も摩耗してしまいNGですが、今回はそうなっていませんでした。
そして何より一番の懸念はクランクシャフトのクランクピン部分です。1098Rのクランクシャフトは既に入手不可という状況になっていますので、既にお金で解決できる問題ではありません。
Posted by cpiblog00738 at
10:19
2022年08月15日
工具
たまには工具の話です。これは片目片口スパナ、コンビネーションスパナなどと呼ばれているもので、サイズは10mmです。Snap-on製のOEXM10というモデルです。現在においては所謂旧ロゴと呼ばれるようになっている旧タイプですが、私が入手した当時の新品はこのタイプでした。少しでも自分でバイクを触る人であれば、このタイプのこのサイズは非常に使用頻度が高い工具であると解りますね。
全ての工具にという訳ではないですが、スナップオンの工具には製造年が記されている場合があります。この2本のスパナの場合、文字列の中央に上のスパナには「2」、下には「4」という数字が見えます。これの意味するところは1982年製と1984年製ということです。年代によって数字の字体が決まっていて、画像のこの数字の場合は1980年代の数字ということになります。例えば1990年代であればまた別の字体で数字が記されているのでそれと判別できます。ネットで調べてみると詳しい解説を目にすることが出来ると思います。
例えば「2」の方は自分がこの業界に入ったばかりの時に購入した工具のうちの一つです。値段も覚えていますが、確か1本¥5,500-だったと記憶しています。今考えても非常に高価ですね。当時のスナップオンのスパナは小さいサイズでも¥5,000-くらい、大きいサイズだと大雑把に言って1万円くらいというイメージでした。10mmサイズは使用頻度が非常に高いのでスペアが必要と考えて2年後に追加購入したのが「4」の方です。
使用し始めてから40年、そう考えると凄いですね。このサイズは仕事をしていればほぼ毎日必ず使用します。ピカピカだったメッキもそれなりに曇り始めてはいますが機能的に全く問題無いままですし、メッキの剥がれなどは皆無です。この頃のメッキは材質が良いのでしょうね。裏を返せば非常に環境に対して悪影響を及ぼすようなメッキ処理が許されていた時代だったということもあるのでしょうか?自分的にはこういった類のものが本当に良いモノ、本物と呼べるもの、だと思います。面白いのはこの時代のスパナに関して言えば同じ品番でも一つ一つ微妙に形状が異なります。職人さんが一つ一つを手作業で削って整形していたのだと思われます。手持ちの中にも中央のバーの部分が極端に薄く仕上げられていてやたら細身でスマートな個体等もあり、とても興味深いです。
Posted by cpiblog00738 at
13:50